サイエンスコミュニケーションに関係する最近施行された法律について解説していく「サイエンスコミュニケーションと法」という連載、第3弾は文化芸術について取り扱った「文化芸術基本法」を取り上げます。文化芸術は法律としてどのように扱われているのでしょうか。また2017年に改正されましたが、その改訂では文化芸術と社会との関係性が強調されています。
文化芸術基本法とは?
文化芸術基本法は2002年に成立しました。なぜ文化芸術を法律で規定する必要があったのでしょうか。その背景には、日本において文化、芸術を振興し、新しい価値として活用しようという文化政策の潮流がありました。この時期、先進国は深刻な経済不況に陥っていました。国際化が進み、新興国から安価な製品が入ってくるようになり、これまでのようにモノが売れなくなったのです。その切り札として、文化芸術を通したまちづくり、経済振興という考え方が生まれます。バブル経済が崩壊した日本でも、この流れに乗って、文化立国を目指す動きが生まれました。
国による文化を軸とした政策を立案する際に必要なのが、文化芸術の定義です。この法律では文化芸術には、下記のようなものが含まれます。
芸術:文学,音楽,美術,写真,演劇,舞踊その他の芸術
メディア芸術:映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術
伝統芸能:雅楽,能楽,文楽,歌舞伎,組踊その他の我が国古来の伝統的な芸能
芸能:講談,落語,浪曲,漫談,漫才,歌唱その他の芸能
生活文化:茶道,華道,書道,食文化その他の生活に係る文化
国民娯楽:囲碁,将棋、その他の国民的娯楽
出版・レコード
メディア芸術が通常の芸術とは区分されているのも、この種のコンテンツが盛んな日本の特徴だといえます。
2017年の改正によってさらに深まった社会との連携
その文化政策基本法が2017年に改正されました。その改正の中身を見ていきましょう。まず基本政策の中に下記の項目が埋め込まれました。
① 「年齢、障害の有無又は経済的な状況」にかかわらず等しく文化芸術の鑑賞等がで きる環境の整備、
② 我が国及び「世界」において文化芸術活動が活発に行われる環境を醸成、
③ 児童生徒等に対する文化芸術に関する教育の重要性、
④ 観光、まちづくり、国際交流などの各関連分野における施策との有機的な連携
より社会との連携が示されています。特に文化芸術を鑑賞する包括性が重視されており、まだまだ地域格差のある文化施設の数などの是正が目指されています。
また、科学技術イノベーション基本計画のように、国が「文化芸術推進基本計画」を定めることが盛り込まれています。また努力義務ですが、地方自治体も「地方文化芸術推進基本計画」の策定されることが触れられています。
また具体的な施策として、食文化や芸術祭の支援が盛り込まれるようになりました。
サイエンスコミュニケーションとの接点
文化芸術をサイエンスコミュニケーションの視点で読み解いていくと、様々な接点があります。例えば、2017年の改正で盛り込まれた食文化は、農学、理学、工学といった分野が関連しています。今月、サイバコで行ったサイエンスカフェも農業をテーマにしたものでした。また、2023年度のイグ・ノーベル賞は、明治大学の宮下芳明先生らの研究で、カトラリーやお箸に微弱な電流を流して、味覚を変えるという研究でした。科学という観点から食文化を考えていくと、持続可能な環境やイノベーションといったテーマでの連携が考えられます。
また現代をテーマにした芸術祭では科学的テーマが取り扱われることも多々あります。例えば、今年開催された札幌国際芸術祭では、地球温暖化を食い止めるためのシミュレーションをAIに任せたらという作品《Asunder》(テガ・ブレイン+ジュリアン・オリヴァー+ベングト・ショーレン)が出展されました。AIは地域の歴史や人々の活動を無視した提案を行います。南極はプランテーションに、サンフランシスコは農園に、と環境中心のプランに、私たちはどう向き合うのか、という問いを投げかけます。
他にも、科学をテーマにした漫画や映画は多くの人気を集めています。本年度のアカデミー賞に選ばれたオッペンハイマーは原子力爆弾をテーマにしていますし、もうすぐ実写映画化される「働く細胞」は、人間の生理メカニズムを擬人化した人気漫画が原作です。サイエンスコミュニケーションにとって実はとてもなじみが深いのです。文化芸術との連携という観点から、サイエンスコミュニケーションを考えてみるのもいいのかもしれません。
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