“CIRCO”(チルコ)とは,ラテン語で「歩き回る」の意味。その言葉が転じて、探し回る、探求するという意味も含んだ“Resarch”という言葉が派生した。この連載は、サイエンスライターの室井宏仁が、博物館や美術館を巡りながら,科学や技術のあれこれについて考えたことを書いていく、連載企画である。

第5回 “感覚する構造 力の流れをデザインする建築構造の世界”
能登半島での大地震で始まった2024年。日本に住む我々は常にこの地震という災害に向き合わざる得ない運命にある。去る2023年は,関東大震災の発生からちょうど100年の節目の年であった。「関東大震災 発生後」などの言葉で検索すると,当時もたらされた甚大な被害を示す文書や画像が大量にヒットする。まさに未曽有の天変地異だったわけだが,一方で日本の建築技術を大きく進展させる契機ともなったことは意外に知られていない。たとえば,震生の翌年には,横揺れを想定した新しい耐震基準が導入されている。より耐火性に優れるコンクリートが建材として本格的に取り入れられるようになったのも,この頃のことであった。
災害時に限らず,建築物はそれが建っている場所や時間の影響を強く受ける。特に公共の建物にはまず安全性が求められる以上,周囲の環境の変化に負けないという点は守られるべき絶対条件となる。それでいて,利便性やデザインを損なわないようにしなければならない。これらの要素をうまく両立させている建築物は,どのように作られているのか。天王洲・WHAT MUSEUMで開催中の“感覚する構造 力の流れをデザインする建築構造の世界”をCIRCOして,探ってみることにした。
本展覧会では,建築物の骨格である構造と,その設計にかかわる構造家に焦点を当てるとともに,各地の著名な建物の模型が展示されている。建築家が間取りや機能,外観のデザインを行うのに対し,構造家の役割はそれらが破綻しないような全体の骨格作りにあるといえる。現代の建築では両者は切っても切れない関係にあるが,構造家という言葉には馴染みのない方も(筆者も含め)多いのではないだろうか。
構造家の手による仕事としてまず取り上げられているのが『せんだいメディアテーク』(2001~)。この建物の大きな特徴は, 各階フロアを構成する6枚の床を支えている13本の柱である。細いパイプが束ねられてできている柱の太さや並びはバラバラで,一見するとしっかり建っているのが不思議にも思えてくる。この特徴的な構造を考案したのが構造家・佐々木睦朗で,設計を担当した建築家・伊東豊雄のスケッチに応え,より具体的な柱の配置やサイズを提示した。佐々木は,コンピュータ上での数値解析から逆算して安全性とデザイン性を両立可能な構造形態を導き,伊東の言葉を借りれば「海藻のような」外観を実現したのである。


構造家が活躍する場は,地球上だけに留まらない。『月面構造物(滞在モジュール/ソーラーモジュール/オーバーハングモジュール』は,月面での有人探査時の利用を想定した居住用設備だ。最大で幅10m長さ18mになる「滞在モジュール」は折り紙のようにたたむことができ,空間が制約されるロケットにも収納可能。ソーラーパネルはハサミムシの羽を模して作られ,重力が地球の1/6である月で容易に広げられるようになっている。周囲によく適合する素材や構造を決めていく構造家の仕事は,場所に関わらず普遍的なのだと実感できる。


展示を見終わって帰り道を歩いていると,周囲のビルや橋がいつもと少し違って見えてくる気がした。多種多様な姿をしていながら,それぞれの場所や目的に合わせて建てられる建築物は,形態ごとに違った機能をもつ細胞のようだ。だとすると,それらが集まってできる街や都市を人体に例える考えも,そうそう的外れとは言えないのかもしれない。
[今月のCIRCO]
会期: 2023年9月30日(土)〜2024年2月25日(日)
時間:11:00〜18:00(入館は17:00まで)*月曜休館
会場: WHAT MUSEUM
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