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サイエンスコミュニケーションの本箱:サイエンスウォーズ

サイエンスコミュニケーションの本箱、不定期でサイエンスコミュニケーションに関する本を紹介していきます。


今日のテーマはサイエンスウォーズ。科学の戦争という物騒な名前がついていますが、実はサイエンスコミュニケーションを学んでいくと、かならず出会うトピックです。






サイエンスウォーズとは、簡単に言うと科学をめぐる人文社会学者と自然科学者の口論です。


ある日、社会科学の学術誌「ソーシャル・テクスト」に一報の論文が投稿されます。量子論の社会学的論考のこの論文...実は科学的な部分は全くのでたらめ。投稿したのはニューヨーク大学物理学教授だったアラン・ソーカルです。その後、この論文は学術誌に採録され、彼は人文社会学者が全く科学についてわかっていない集まりであることを証明するために投稿したでたらめ論文であったことを暴露します。


さて、こんなに過激な騒動にまで発展したサイエンスウォーズ、いったいどうして揉めていたのでしょうか。


科学”研究”とは客観的で論理的な概念であり活動である、と言われています。科学研究は実験や観察を経て、データから知見を生み出すという活動です。


でもその実験データーって恣意的に集められていません?

研究結果に政治とか科学者の中のパワーバランスとかで決まっていませんか?


そんなことを人文科学の研究者が調べ始めて、主張し始めたら...


サイエンスウォーズは、科学自体を研究する研究が始まったからこそ生まれた論争です。科学研究の研究では、科学的知見と社会的価値の境界線が検討されたり、科学的知見が承認されるプロセスが探られます。その過程で人文科学の研究者は、科学研究という活動も人間の社会活動から切り離せないことを明らかにしていきます。


とはいえ、科学者も社会的部分だけをクローズアップされることには反旗を翻します。観察や実験データは自分たちで操作できないし、科学的知見は社会的圧力でなきものにはできません。科学には科学の領分というものもあるのは確かなのです。


サイエンスコミュニケーションでは、よく科学と社会という二項対立で語ります。

ただし、科学と社会との境界線はとても曖昧であるということがよくわかるのが、ソーカル事件をめぐる人々の紹介した書籍「なぜ科学を語ってすれ違うのか」です。
















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