日々忙しくしていると、ゆっくりと読書を楽しむ時間も取りづらいかもしれません。しかし秋は読書にうってつけの季節、サイバコスタッフが最近読んだ書籍の中からおすすめの書籍を紹介します。
■コミュニケーションを始める前に、言葉を定義していく
よく、正義の反対は別の正義という言われ方をしますが、そのような相対主義に陥ると議論は先に進みません。作者の朱喜哲さんいわく、正義と善は異なり、相対的な概念ではないという定義をしてからじゃないと、正義は語り合えないと言います。
本書では、異なる意見の人同士が会話をする前に、どのようなことばづかいで会話し合うのかということを定義して、会話を始めるやり方が紹介されています。会話のための言葉の背景には、ことばを研究し、定義するプラグマティズム言語哲学の知見が生かされています。
「みんな」とは誰を含めるのか、公的な場面における「公平」とはどこまでの概念なのか。
本書はちょうど第一次トランプ政権が終わり、バイデン政権に移行した時期に始まった連載を本にしたそうです。過激な言動のトランプ元大統領に対し、民主党のバイデン候補、そしてハリス副大統領は公平性と社会正義のことばで対抗しました。2020年の選挙では、公平性を訴えた候補が勝利しましたが、2024年11月の選挙で再びトランプ候補が大統領に返り咲きました。公平で、正義に満ちた社会という理想像は実態を伴わない空論とみなされたのでしょうか。私たちが理想的な社会を描くことばの前提を共有し、それが確かに社会で有益だと実感していかない限り、美しい言葉は現実の前で空回りしてしまうだけでしょう。
■経済の概念だけでは社会は成り立たないことを示した経済理論
かの有名な経済学者、アダム・スミスは国富論の中で、人がそれぞれ欲望を追求することによって、自然に社会で資源が回りだし、結果的に豊かで秩序だった社会になると説きました。この原理を「見えざる手」と言います。例えば、私たちが美味しい料理を求め美味しいお店を選ぶようになると、レストランの料理のクオリティは向上します。アダム・スミスの経済中心で社会をうまく動かしていく考え方は、今も新自由主義という政策として多くの国で採用されています。
だけど料理を作っているのはお店の人だけでしょうか?お金ではなく、愛や奉仕の気持ちから料理を作る家事、もっと大きな概念では陰ながら社会やコミュニティを支えていたケアの活動は経済活動の外に留め置かれました。じゃあ、ケア活動もお金に換算すればいい?でも家族は美味しいレストランではありません。少し味が落ちたからと言ってすぐに他の店には移れないのです。
最近の経済学では、ケア労働に限らず、多くの場面で人は欲望と資本だけで行動するのではないということが明らかになっています。しかし見えざる手を支える見えざる存在は、軽視され、これまで経済や社会の議論に含まれてこなかったと著者のカトーリン・マルサルは語ります。本書では具体的な解決策には触れていませんが、少なくとも人間の活動が資本主義だけで成り立つものではなく、そのことを理解しないことによって引き起こされた数多の失敗について、軽快な文体で語られています。
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