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サイエンスコミュニケーターは理系出身でないといけないの?

7 日前
読了時間: 7分

SciBacoフェロー 奥本素子


理系の学位を持っていれば安心?


よく「理系の学位、つまり博士号を持っている方を、サイエンスコミュニケーターとして雇用したい」と相談されることがあります。やはり伝える内容の正しさは重要なので、「理系の学位を持っている方が安心」とのこと。


確かに科学的説明をする際には、その分野の専門家、特に博士号を持っている研究者に正確に語ってもらいたいですよね。ただし、それはあくまでも研究者の役割です。サイエンスコミュニケーターが内容の発信者ではなく、発信の仲介者という役割であれば、理系の学位を持っておけば安心というわけではありません。


まず、理系の学位と言っても幅広いです。例えば、物理学で博士論文を書いたからと言ってすべての物理研究に対応できるわけではありません。特にサイエンスコミュニケーターが取り扱うのは、最先端の科学や専門的なトピックも多いものです。隣接領域であっても取材と専門家の監修は欠かせません。


また、時には社会と接点のあるトピックを扱います。たとえば地球温暖化の影響を科学的に考えるには、気象学や海洋学、化学に加え、農作物への影響を扱う農学、健康被害を扱う医学、さらには対策のコストを考える経済学まで、多様な分野の知見を組み合わせる必要があります。こうした課題に向き合うとき、ひとつの分野を極めた知識だけでは対応できません。さまざまな分野の背景を踏まえたうえで、情報を整理し発信する編集作業が必要です。


幅広く深い科学を取り扱うためには、取材、編集、そして発信というサイエンスコミュニケーター独自のスキルが必要とされるため、理系の学位がその質の保障になるとは限りません。


これまでの経験が逆に不利になる?


科学を研究し、その世界に魅了されたという経験は、サイエンスコミュニケーションを行う強いモチベーションになるかもしれません。オーストラリアの研究者バーンズらは、サイエンスコミュニケーションを「適切な技能やメディア、活動、対話を通じて、科学に対する人々の個人的な反応を引き出す営み」だと定義しました。そしてその反応を、英語の母音になぞらえて「AEIOU」の5つに整理しています[1]。

Aは科学に関する事柄への気づき(Awareness)

Eは科学を楽しむこと(Enjoyment)

Iは科学への関心(Interest)

Oは科学にかかわる問題について自分の意見をもつこと(Opinion-forming)

Uは科学の内容や方法の理解(Understanding)です。

自身が科学を楽しんだ経験はEやI、そして日常と科学のつながりはAの観点に生かすことができます。


ただ、サイエンスコミュニケーションの対象は、必ずしも科学に興味を持つ人ばかりではありません。科学に興味がない人の視点、科学が楽しめない人の観点にも立つ必要があります。その時に必要なのが「アンラーニング(unlearning)」です。

アンラーニングは、経験がある大人だからこそ必要な学びです。人間は誰しもまっさらな状態で情報を処理するのではなく、自分なりの情報処理のスキーマと呼ばれる枠組みを利用して、迅速に情報を処理していると言われています。

スキーマは類似の情報を処理する場合には有効ですが、自分の情報処理と矛盾する情報にはうまく対応できません。「科学はおもしろい!」というスキーマが出来上がってしまうと、「科学はおもしろくなさそうだ」と思っている人の感情や情報が自分のスキーマに矛盾するため、無意識に無視されてしまう場合もあります。


このスキーマの変更を促すのがアンラーニングです。矛盾する情報を受け止め、自分のスキーマを拡張させていく学習です。成人教育学者のメジローは、大人が経験を通じて身につけた意味の枠組みを批判的に問い直し、作り変えていく学びを「変容的学習」と呼びました[2]。

実は、このアンラーニングは少しきつい作業になります。自分の世界観を変えること、特に大切にしてきた価値観だからこそ、それを拡張させることは大人にとっては心地よいだけではないからです。理系の研究で博士号まで獲得したという自負を持ちながら、このアンラーニングにどう対応できるのかが、より広い対象に向けて発信できるサイエンスコミュニケーターになれるかどうかのカギになるでしょう。

もちろん、この作業がスムーズにいく人もいるので、あくまでも一般論ですが、こういう大変さもあるよ、ということで紹介しておきます。


研究の試行錯誤が育てる「ビリーフ」


「え、逆に研究してたらサイエンスコミュニケーターになれないじゃん!」とがっかりされた方もいらっしゃると思います。そうです、研究経験は必ずしも有利に働くだけではないのです。

しかし、研究経験、これはサイエンスコミュニケーターの「核」を作るのに重要な役割を果たします。その核とは、「ビリーフ」です。ビリーフとは、ある事柄について人が抱いている信念や思い込みのことです。本人が意識しないまま、その人の判断や振る舞いを方向づけます。

理科教員を対象としたハシュウェの研究では、科学の知識を「暫定的で、人がつくり出すもの」と捉える教員と、「客観的で不変のもの」と捉える教員とで、授業での振る舞いに違いが見られました[3]。生徒が誤った答えをしたとき、前者の教員の多くはその背後にある生徒なりの考え方に気づき、さまざまな方法を組み合わせて対応しました。一方、後者の教員の多くは「正解を説明し直す」にとどまりました。科学をどう捉えているかが、相手との向き合い方そのものを左右するのです。この違いは、サイエンスコミュニケーションにとっても重要です。


サイエンスコミュニケーションでは、すでに確立した「正しい科学」よりも、いままさに研究が進められている科学を多く扱います。科学社会学者のラトゥールは、こうした科学を「作動中の科学(science in action)」と呼び、教科書に載るような完成した科学と区別しました[4]。

作動中の科学では、研究者のあいだで見解が分かれ、新しいデータによって結論が変わることも珍しくありません。こうした科学を伝えるには、科学は変わりうるものだという前提に立ってコミュニケーションをする必要があります。そしてその前提を実感として理解するうえで、自ら問いを立て、データと格闘し、結論が揺らぐ経験をする研究活動は、ふさわしいビリーフを育てる貴重な機会になります。

英国の理系学部生を対象にしたライダーらの研究でも、卒業研究に取り組む中で研究者と議論し、論文を読んだ学生ほど、「科学の知識がどのように形成されていくかについての理解」を深めていました[5]。

ただし、同研究では、研究経験を経ても「科学者同士の議論を通じて知識が検証されるといった科学の社会的な側面への理解」までは、十分には育たなかったことも報告されています。研究経験は大切な土台ですが、それだけで十分というわけではないのです。


サイエンスコミュニケーションの実践者になるのか?研究者になるのか?


最後に、サイエンスコミュニケーションを「実践する」ことと「研究する」ことを分けて考えてみます。

サイエンスコミュニケーターとして実践するのであれば、人文社会科学の研究トレーニングを必ずしも積む必要はありません。分野を問わず何らかの研究を経験し、「作動中の科学」にふさわしいビリーフを身につけていれば、専門家の話を聞き、それを社会に向けて伝え直す力の土台になります。


一方、サイエンスコミュニケーションそのものを学術的に研究するのであれば事情は異なります。研究対象は科学ではなく、「科学をめぐる人と社会」だからです。「人々が科学をどうとらえているのか」「対話によって意見はどう変わるのか」「科学者はコミュニケーションをどう語るのか」。こうした問いに答えるには、インタビュー、質問紙調査、言説分析といった人間科学・社会科学的な方法が欠かせません。実際、本稿で紹介した研究も、教員や学生への調査やインタビューによって、その科学観を明らかにしたものでした[3][5]。


サイエンスコミュニケーションは多様な対象や手法を組み合わせ、その場や状況に合わせたコミュニケーションをデザインする活動です。そのため、サイエンスコミュニケーター自身も多様である必要があり、その多様性こそがサイエンスコミュニケーションの世界を広げていくでしょう。

どんな経験も自分の強みになります。あなたらしい、私らしいサイエンスコミュニケーションを目指していきましょう!


参考文献

[1] Burns, T. W., O'Connor, D. J., & Stocklmayer, S. M. (2003). Science communication: a contemporary definition. Public Understanding of Science, 12(2), 183–202.

[2] Mezirow, J. (1991). Transformative Dimensions of Adult Learning. Jossey-Bass.(邦訳:金澤睿・三輪建二監訳(2012)『おとなの学びと変容:変容的学習とは何か』鳳書房.)

[3] Hashweh, M. Z. (1996). Effects of science teachers' epistemological beliefs in teaching. Journal of Research in Science Teaching, 33(1), 47–63.

[4] Latour, B. (1987). Science in Action: How to Follow Scientists and Engineers through Society. Harvard University Press.(邦訳:川崎勝・高田紀代志訳(1999)『科学が作られているとき:人類学的考察』産業図書.)

[5] Ryder, J., Leach, J., & Driver, R. (1999). Undergraduate science students' images of science. Journal of Research in Science Teaching, 36(2), 201–219.

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