ノーベル賞におけるサイエンスコミュニケーション
- Pro SciBaco

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12月はノーベル賞の授賞式があります。2025年度は日本人研究者が2名受賞するなど大きな話題もありました。今回はノーベル賞を通してサイエンスコミュニケーションを考えていきます。

ノーベル賞を科学する
科学系のノーベル賞の受賞者を研究することで、どのような研究や研究キャリアが世界的な研究成果を生み出すのかを考察することができます。アメリカの社会学者、ハリエット・ズッカーマンはノーベル賞受賞者を対象に詳細なインタビューやキャリア分析を行い、科学界におけるエリートの構造や業績評価の仕組みを研究しました。彼女の研究成果は「科学エリート:ノーベル賞受賞者の社会学的考察」という書籍として1977年に発表され、日本でも1980年に翻訳本が出版されました。
彼女の研究で発見されたことのひとつに「マタイ効果」があります。マタイ効果は名声によって科学的成果の評価が上がる現象を指します。すでに名声のある研究者は、無名の科学者と同じような業績を上げても、より多くの称賛や信用を得やすく、また著名な研究者と共同研究を行うことでも評価が上がりやすい傾向があります。そのため、ノーベル賞を受賞すると、さらにその人の研究が評価されやすくなります1)。

また、ノーベル賞受賞者のキャリアを調べてみると、若いうちから有名な研究室や資金力のある研究室に入り、恵まれた研究環境を得ると優れた研究成果が出やすく、その積み重ねで研究力の差が徐々に開いていくことが明らかになりました。初期のキャリアの優位性がたとえわずかなものであっても、その累積で研究の優位性が高まるということです。さらに、ノーベル賞受賞者の研究室からは次のノーベル賞受賞者が出やすいという傾向も明らかになりました。
これまで優れた研究者は「孤高の天才」というイメージを持たれることも多かったのですが、この研究によってノーベル賞の受賞には、ネットワーク力の強い科学者が有利であることが分かったのです。
一方で、近年の研究では、ノーベル賞受賞につながる研究は必ずしも発表直後に引用数が増えるような研究ではなく、長期的に評価される質的な深さや独創性のほうが重要だということが分かっています2)。そのため、単純な数字(引用数など)だけでノーベル賞受賞者を予測・評価することは難しく、短期的な科学技術政策の成果として支援・予測するのは困難です。また論文数についても、ノーベル受賞者は非受賞者と比較して少ない傾向にあるそうです3)。
日本でのノーベル賞研究
日本人のノーベル賞受賞者に関する研究は行われていますが、アメリカに比べると受賞者の数も少なく、日本の研究者だけでノーベル賞受賞者の傾向を把握することは難しいと考えられています。一方で、日本人の受賞者は2000年代に入ってから増えており、現在、欧米以外の国としては最も多い31名と1団体の受賞者を輩出しています。
日本人の受賞研究は、海外受賞者と比較して受賞対象研究にとりかかるタイミングが2~3年遅く、受賞に至る年数も数年遅いとされています。ただ全体の傾向と同じく、ノーベル賞につながるコア研究が行われていたのは30代後半から40代の時でした。まさにこの時期が研究者にとって創造力の旬と考えられています4)。そのため、科学技術イノベーション政策では若手研究へ積極的に投資されているというわけです。
また、日本のノーベル賞受賞者の特徴としてキャリアの多様性があげられます。サラリーマン受賞者として話題になった田中浩一さんや中村修二さん、元高校教員だった大村智さんなど、若いうちからビッグラボに所属しアカデミアでキャリアアップしていく以外のキャリアからの受賞者もいます。一方で、京都大学の系譜やカミオカンデの系譜など、メンター・チェーンと呼ばれる師弟関係の連鎖によってノーベル賞研究が生まれている流れもあり、こちらはアメリカの先行研究にも通じる部分があります。

© ANDREAS GURSKY / JASPAR, 2013 Courtesy SPRÜTH MAGERS BERLIN LONDON
人々はノーベル賞の何に興味を持つ?
ノーベル賞のニュースは科学技術への関心を高めると言われていますが、果たして人々はどのようなニュースに興味があるのでしょう。2015年に大村智さん、梶田隆章さんの二人がノーベル賞を受賞したことをきっかけに、文部科学省の科学技術・学術政策研究所が調査を行いました。その結果、日本人がノーベル賞を受賞すると、これまで科学に関心がなかった層も関心が高まることが示唆されています。ただ、ノーベル賞への関心は、科学技術そのものへの関心というよりも、科学者のキャリアや国際的な名声等に向けられており、関心内容の複雑性が見られました5)。
また、小中高生向けのアンケートでは、ノーベル賞のニュースによって科学への関心が高まる傾向は、まだ興味が定まっていない低学年層のほうが強いことが分かっています。とはいえ、全般的に興味は高まるそうです。一方で面白いことに、ノーベル賞受賞決定前後で保護者がこどもに理系進学を勧めたいかという意識については、受賞後のほうが減っており、ノーベル賞受賞までの苦労話が親の理系進学意識を低下させたのではないか、と推察されています6)。あくまでも一度の調査であり、たまたまという可能性も捨てきれませんのであしからず。
ノーベル賞にまつわる研究は科学技術イノベーション政策、そしてサイエンスコミュニケーションにもかかわる重要な研究です。特にサイエンスコミュニケーションにおいては一過性の効果は検討されていますが、それが長期的にどのような影響を与えているのかまではわかっていません。そういう意味でも、ますますノーベル賞研究の更なる発展が望まれます。
参考文献
1)ハリエット・ズッカーマン, 金子務(訳)(1980)科学エリート―ノーベル賞受賞者の社会学的考察、玉川大学出版部
2)Kosmulski, M. Nobel laureates are not hot. Scientometrics 123, 487–495 (2020). https://doi.org/10.1007/s11192-020-03378-9
3)Wagner, C. S., Horlings, E., Whetsell, T. A., Mattsson, P., & Nordqvist, K. (2015). Do Nobel Laureates Create Prize-Winning Networks? An Analysis of Collaborative Research in Physiology or Medicine. PLoS One, 10(7)https://doi.org/10.1371/journal.pone.0134164
4)赤池伸一,原泰史,中島沙由香,篠原千枝,内野隆(2016)「ノーベル賞と科学技術イノベーション政策一選考プロセスと受賞者のキャリア分析」,SciREXワーキングペーパー,SciREX-WP-2016-#03,2016年5月.https://grips.repo.nii.ac.jp/record/1581/files/SciREX-WP-2016-%2303.pdf
5)細坪護挙(2016)ノーベル賞受賞に伴う科学技術に対する関心の 変化分析,DISCUSSION PAPER, No.130,2016年2月.https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP130-FullJ.pdf
6)岡本摩耶(2016)小・中・高校生の科学技術に関する情報に対する 意識と情報源について -2015 年の日本人研究者によるノーベル賞受賞決定直後の親子意識調査より-,RESEARCH MATERIAL, No.245,2016年2月.



