絡まった課題を解きほぐす'切り離し'
- Mineyo Iwase

- 1月30日
- 読了時間: 5分
切り離しという言葉に、どのようなイメージを持ちますか。
この言葉だけですと、少し冷たいイメージを持つ方もいらっしゃるのではないかと思います。しかし、サイエンスコミュニケーションにおいて人と事を切り離すことは、感情的な対立を避け、建設的な対話を行うための極めて重要な技術です。また、事と事を切り離すことは、事実と価値判断、あるいはリスクとベネフィットを混同せずに整理するために必要です。今回は、この切り離しについて考えてみました。

思い込みを捨てて発言そのものに向き合う
サイエンスコミュニケーションにおいて人と事を切り離すことで、理解や対話の土台を作ります。例えば、企業のミッションは利益を上げることだから、短期的にしか物事を考えられないし、それに沿った発言しかできないと考えてしまう人が議論の場にいたら、その議論が深まることはありません。発信者の属性で判断してしまうと、客観的に発言を捉えることができないからです。企業の人は皆同じ考え方をするという思い込みを捨て、その人の発言自体を解釈することで、事実は何か、何を考えればよいのかが浮かび上がってくるのです。
また、人と事を切り離すことで、効率的に物事を進めることができるようになります。物事を整理したり構造化したりすることは、対話の場を作るためにとても重要なスキルです。しかし、そのスキルを、あの人だからできるといったように属人化してしまうと、その人がいなければ対話の場が成立しなくなります。重要なスキルであればあるほど人と事の切り離しを行い、他の人でも再現できるものにすることで、対話の場を継続的に運営することが可能になります。

事実からの知見を個人の納得感へ
さらに、事と事の切り離しができないと、議論の場ではしばしば事実から、すべきという価値判断を直接導こうとして混乱が生じます。例えば、科学的に安全だというデータがあるから、だから、あなたは受け入れるべきだ、と一気に結論づけるようなケースです。これは安全という科学的知見と、安心という心理や価値観という、本来別個の事柄を混同していることを意味します。事と事の切り離しができれば、安全だと言っているのに、なぜ反対するんだという不毛な対立を、科学的な数値の確認と、その数値をどう評価し判断するかという対話に分けることが可能になります。
加えて、相関関係と因果関係といった一見似たような事象についても切り離しのスキルは重要です。科学的な情報の正確性を保つため、混同されやすい事象を厳密に切り分ける必要があるからです。
このようにサイエンスコミュニケーションにおいて、人と事を切り離すことで対話の場を維持し、事と事を切り離すことで合意できる点とできない点を明確にするのです。そして、理解や対話の土台として一旦切り離すものの、最終的にはその切り離された事実を、いかに人々の生活や感情に再び接続し直すかというプロセスを重視しています。
異なる文化の間に立ち、架け橋をかける
サイエンスコミュニケーターは、こうしたスキルを持って異なる文化、論理、言語を持つ集団の境界に立ち、それらを繋ぎ合わせる境界連結者、いわゆるバウンダリー・スパナーとして活動しています。
実は、行政、学校、地域という異なる組織を繋ぐ連携コーディネーターという専門家も、同様に単に繋ぐだけでなく、異なる文化を翻訳して調整する存在です。境界連結者として切り離しのスキルを使って活動しており、機能の本質としては多くの共通点を持っています。しかし、コーディネーターは、実務を停滞させないためにノイズを切り離すという実務面が強調される傾向にあります。
これは、コーディネーターという職業が生まれた経緯に関係があるようです。特に、社会課題解決において複数の組織や人が関わるプロジェクトが増え、全体を調整する役割が必要になったからだと言われています。
コーディネーターの重要性が強く認識されたのは、1995年の阪神・淡路大震災でした。緊 急事態の中で、被災地のニーズと善意の人々を結びつける調整役が必要だったからです。さらに2000年には介護保険法が施行され、医療・福祉分野で地域連携を担うケアマネジャー、すなわち介護支援専門員という職種が生まれました。
産学官連携コーディネーターは、1998年に大学等技術移転促進法が施行され、2001年には文部科学省が大学等への専門家配置を開始しました。教育分野においても、2008年に学校支援地域本部事業が始まり、地域コーディネーターが配置されることになりました。

前に進めるための切り離しと心を通わせるための切り離し
このような連携コーディネーターは、組織と組織の間に立ち、実務的な障壁を取り除くことが職務になります。例えば産学連携コーディネーターであれば、企業のニーズと大学の技術をマッチングさせ、契約締結や知的財産の取り扱いを整理します。連携によって何件のプロジェクトが成立したか、予算がどれだけ確保できたか、地域活動の参加人数がどう推移したか、といった事業成果が重視されます。プロジェクトを進行させるうえで、物事を整理し構造化して捉えることは日常的なスキルであり、実務を停滞させないためにノイズを切り離すことこそが求められるのです。
したがって、サイエンスコミュニケーターにとっての切り離しは理解や対話のための土台であり、科学的データを個人の納得感や生活の知恵へと変えていくプロセスに主眼があります。
一方、コーディネーターにとっての切り離しは解決や前進のための手段であり、プロジェクトを停滞させないために人間関係というノイズを切り離す実務的な面が非常に高いといえます。
このように、切り離しという行為を詳しく見ていくと、非常に共通点の多いサイエンスコミュニケーターとコーディネーターという職種でも、その捉え方が異なっていることがわかりました。
言葉を翻訳する専門家として、やはり言葉の背景にある意味を正確に捉えることを常に意識しなければならないと、改めて気づかされました。



