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執筆者の写真Mineyo Iwase

失敗集#3:バークソン・バイアスで考える新型コロナウイルス感染症と喫煙との関係

更新日:2023年8月30日


現在はメディアに取り上げられる回数も減ってきたようですが、喫煙とコロナウイルス感染症との関係について議論が続いてきました。


フランスのピティエ・サルペトリエール病院のコロナウイルス感染症の入院患者343人と軽症の感染者139人を調査では、喫煙者の割合がわずか5%で、フランスの喫煙率約35%を大きく下回っていたといいます。


また、医学誌『lancet infectious diseases』に掲載されたイギリスのオックスフォードロイヤルカレッジの研究では、PCR検査を受けた3802人のうち、非喫煙者では17.5%、前喫煙者(以前は喫煙していたが現在は喫煙していない)では17.3%、現喫煙者では11.4%が陽性という結果が発表されました。


さらに、アメリカ退役軍人医療システムの電子健康記録データでも、非喫煙者に占める陽性者の割合が20.7%、前喫煙者が20.3%なのに対して、現喫煙者が9.9%と、喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ないという結果でした。


一方、イギリスのオックスフォード大学などの研究者による研究論文では入院患者について、現在の喫煙者とこれまでタバコを吸ったことのない人を比較したところ、オッズ比で1.80倍になっていたとのことでした。


また、日本の国立国際医療研究センターなどの研究では2021年2月までに新型コロナに感染し、全国各地の病院に入院した20代から80代の患者1万7666人について、喫煙歴と重症化リスクの関係を分析した結果、人工呼吸器や人工心肺装置=ECMOが必要な重症になるリスクは、以前たばこを吸っていた人は喫煙歴がない人に比べて、男性で1.51倍、女性で1.94倍と高くなっていたとしています。



いくつかのメディアに取り上げられたこれらの報告は、それぞれ患者数の割合だったり、オッズ比だったりと直接比較できない数字とはなっています。


しかし、最初の3つの報告では「喫煙者はコロナウイルス感染症にかかりにくい」ということになっていまいます。したがって、後の2つの報告「喫煙者はコロナウイルス感染症にかかりやすく、重症化しやすい」という結果とは違和感のある結論になってしまっています。

 

どうしてこのような異なる結論になったのでしょうか?


上記の喫煙とコロナウイルス感染症との関係に関する報告は疫学研究の結果です。


疫学研究は、ある地域集団の個々人の調査データを集め、統計処理を行うことで、その地域における疾患の発生原因や流行状態をある程度把握することが可能です。疾患の臨床データがすぐに使えるため、発症機序が未知の疾患であっても有効性の高い予防法を比較的短期間で提示できるというメリットがあります。また、最近ではITが発達により大量のデータを扱えるようになり、精度も高くなってきています。


しかし、疾患の発症機序に関する基礎的な実験研究の成果が出なければ、正確なことはいえません。


「喫煙者はコロナウイルス感染症にかかりにくい」と思わせる3つの疫学研究では、それぞれ調査対象者の選び方に偏りが生じたため、誤った結論に導かれたことが考えられます。


たとえば、フランスのピティエ・サルペトリエール病院の報告では、別の要因で喫煙できない状況だった可能性もある入院患者と全く条件の異なるフランス国民の喫煙率と比較しています。


また、オックスフォードロイヤルカレッジの研究では、PCR検査を受けた人は医療従事者が多かったのではないかと考えられます。医療従事者は非喫煙者の割合が多いため、結果的に非喫煙者の陽性者の割合が高くなった可能性があります。コロナ陽性かどうかのPCR検査はすべての人に行われないことが多いのはみなさんもご存じのことと思います。


このように調べる対象の選び方によって生ずるバイアスを、選択バイアスといい、特に入院患者の研究におけるバイアスをバークソン・バイアスまたはバークソンパラドックスといいます。たとえ正しいデータであっても、そのデータが偏ってしまう場合に、バイアスがかかってしまうという現象です。



どうしてこのようなバイアスが起こるのでしょうか?


じつはこのような状況は日常的にもよく経験しています。


たとえば、原作の漫画の知名度が高いほど、映画の実写化は成功しないと感じることはありませんか?


これは、原作の知名度と映画の実写化の成功は相関しないにも関わらず、原作の知名度が低く、実写版の売り上げも悪い場合は印象に残らないため、記憶に残った事例だけで、判断してしまうため見せかけの関係性ができてしまった結果なのです。このように観測できないデータが存在する中で、統計処理を行うと、バークソン・バイアスが起こりうるとされています。



私たちはどのように対応したらよいのでしょうか?


医療統計学や生物統計学では、疫学研究で生じやすいバイアスについて明示されており、誤った結論を導かないよう注意喚起もされています。それでも現時点で入手可能なデータを用いて研究をする場合は調査対象が制限されるため、選択バイアスによって誤った結論が提示されることもあります。


そのため、私たちは様々な場面において認識できていない情報が、いろいろなところに存在するということを常に意識して物事をとらえる必要があり、それが何かを考えていくことが大切なのだと思います。


補足になりますが、喫煙とコロナウイルス感染症との関係についてはその発症機序は解明されておらず、上記の疫学的研究は誤りかもしれませんが、最終的な結論がでるのはまだ先のようです。



高橋昌一郎監修2023「情報を正しく選択するための認知バイアス事典」萩原印刷(株)


私たちは認識できないと情報は「ない」と思い込んでいるかもしれません

もしかしたら、自分の最初に立てた仮説を反証するような情報は「ない」と思い込むことによって、誤った結論に固執してしまうこともあるかもしれません。「サイエンスコミュニケーション」の視点を持ってさまざまな可能性を探っていきましょう。





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